このタイトルは、細野(晴臣)さんの新しい本『アンビエント・ドライヴァー』の中の章のタイトルだ。この本が去年の9月頃出ていたのは知っていたのだけれど、なかなか読むチャンスがなかった。
年末のクリスマスをはさんで、青山のスパイラルでGIFT展(「GIFT,THE STORE presented by Spiral Online Store」)という、ミニアートフェア、アートグッズのイベントがあり、何人かがゲストクリエイターとしてブースが用意された。僕はちょうど『新しい星へ旅をするために』や『skmt2』などの単刊本や、僕が取材・構成した『エスクァイア』の写真特集号、『X-knowledge HOME』の建築写真号が出るということもあって、カウブックスの吉田君とアートビートパブリッシャーズの川端君に手伝ってもらって、「GOTO独特堂書店」なる期間限定の本屋を出した。そこには加えて、スーパースクール13期でやっていたワークショップ「予告図書」も展示できるというグッド・タイミングであった。会期の終了日、たまたま打ち合わせでスパイラル・カフェにいたら、入口のところで何か気配がする。あっと思った。入口のスタンディング・カウンターのところに細野さんが一人で立って、コーヒーを飲んでいたからだ!!
僕は編集者という仕事柄、街をうろうろしている方だと思うけれど、細野さんを知り、『観光』などの本でいっしょにお仕事をさせていただくようになってからも、外で偶然ばったりと細野さんに会うということは一度もなかった。正直驚いた。
「アッ、細野さん(絶句)。こんなところで何してるんです?」
「(普通に)まちあわせ。その人に、この本をあげようと思って(『アンビエント・ドライヴァー』をもっている)」
「ちょっと今、いいですか。プレゼントしたいから」
(そう言って僕は大急ぎでブースへ、『新しい星〜』と、これも僕が編集したできたてのヤマタカアイ作品集『ONGALOO』を取りに行った)
「ありがとう」
細野さんは、ニコニコしてうれしそうにしてくれた。僕にとって細野さんは、高校生の時に聴いた、はっぴいえんど時代から、超特別な存在であって、つねに、僕の人生の行き方にある灯台のようなものだとずっと思い続けている。でも、この数年間は、まるで縁のオーラがないというか、会う機会も全くないままだった。しかし、最近、『観光』を読みましたよという人に続けて何人も会ったこともあって、細野さんを見つけた時に、「あっ、やっぱり」と思った。その時は、ほとんど話をせず、別れ、お正月早々『アンビエント・ドライヴァー』を一晩で読んだ。
細野さんは、かならず世の中の動きよりすこしはやく事態を起こしてゆく。だから、この本を読むことができるのは、とてもありがたいことだ。どちらへ行けばよいか、ていねいに感じながら読むと、ちゃんと書かれているのである。細野さんは書く。
「人間の一生というのは円を描いて元いたような場所に戻ってくるものなのだということがよくわかった。ただし、同じ場所に戻って来たようでありながら、実はそうではなく、遙か彼方に来ているのだという気持ちも強い」(「気づいたらここまで来ていた」)
螺旋の感覚。もどってくるようで、実は自分の中の集合点(カスタネダのドン・ファンが言うところの)−−つまり世界の見方のアルゴリズムをいかに移動させるかということが問題となる。「はっぴいえんどもYMOもやったのだから、もういいだろう、僕は隠居する」と言っていた細野さんがこの数年、音楽の真っ只中、「音楽が好き」という世界に没頭することに帰ってきたのは、驚きであったと同時に、希望だった。僕のスキスキ帖の「好き」にも、はっきりと影響を与えていると思う。しかし、重要なのは、ノスタルジックだったり、ヒマつぶし余生的に、元のところへ帰ってくるのではないということなのだ。
モダニズムは、つねに新しさを追い求めることだった。ポストモダンはこの飽和状態であり、ミニマルミュージックという最小限に要素を少なくした音楽、そしてそれをポップ化したアンビエントこそ、ポストモダニズムの最たるものだと言ってよい。その停止を回避するにはどのようにすればよいのだろう。その知恵というか、ヒントがこの本には散らばっている気がする。「しっくりくる音響とは」という章は、とりわけ示唆にあふれている。音響系の音楽のことにふれているからだ。僕が編集にかかわり続けていて、どうして「音楽の近く」にいるかというと、音の進化してゆく方向とエディトリアルの行く手がとてもシンクロしてるように思っているからだ。細野さんは書く。
「こうした音楽の特徴は、一つ一つの音の密度を高くして複雑なものをつくる一方で、本質的にはより無秩序なものに近づこうとしている点ではないだろうか」。
これは実は、僕が坂本(龍一)さんの本『skmt2』でやろうとしてことと同じです(正直に白状いたします)。
作為はできるだけミニマルに。しかし、複雑性と意外性をわすれずに−−という「教え」なのである。
他にも「改行」とか、「具象」とか「メディスン・ホイール」とかいっぱいあるけれど、どうぞみんな、細野さんの『アンビエント・ドライヴァー』を読みましょう。この文章を書きながら、また、読み出したらやめられなくなってしまった。
お正月は楽しい。自由だ。年末に佐野元春さんが贈ってくれた『ジ・エッセンシャル・カフェ・ボヘミア』をくり返し聴いて、その次にはアマリア・ロドリゲスの『ファドの魂』(京都のジャンゴで聴いて感動してすぐ買った。自伝も三月書房で見つけてすぐ買った)、僕の超定盤クロノスカルテットの『アーリー・ミュージック』、これらを、くり返しかけている。本は、『「あまカラ」抄』3冊、『臨死!! 江古田ちゃん』(服部円が読めと言う)、『エルヴェ・ギベール写真書物』、復刻版・細江英公写真集『おとこと女』。ライアン・マクギンレイの写真集『SUN & HEALTH』を飽きずに見ています。