『Cose Mei Viste』
Mario Giacomelli
Photology刊
旅の途上で本と出会う。偶然立ち寄ったボローニャのArtelibroの会場で、一冊の本が僕の心を捉える。それは、つい最近死んだイタリアの写真家、マリオ・ジャコメリの小ぶりな、でも400ページ近くある写真集。画家のエンツォ・クッキが編集・構成している。ジャコメリのトレードマークとも言うべき修道僧たち。彼らが日だまりでバレーボールをして遊んでいる。ページを繰ると、ザラザラしたモノクロ写真が、ただひたすら続く。崩れた壁、草と女たちの顔、街、木々。風景はいくつも重なりあう。ある日、ある場所で起こったことが、思い出せそうで思い出せない記憶や、ふっと忘れてしまった夢のように、あらわれては消える。この本が僕を捉えて離さないのは、世界が光が当たることによって成り立っていることを証明しているからだ。いや、僕たち自身も光の集積体で、記憶も、光のデータで、結像し、死ぬとほどけ、溶けてゆく。マリオ・ジャコメリが生きているうちに、僕は彼とは出逢わなかったけれど、ミラノを経てN.Y.の小さな本屋ダッシュウッドで再びその本に出逢う。「こんにちは、ジャコメリさん」。僕はためらわずその本を買う。