黒いドレスの裳裾に、赤や青の花が光り、舞っている。10人の男たちのミュージシャンをしたがえ、彼女はしなやかに、その痩身をひるがえす。たくみにマイクのコードを鞭のように扱い、黒く長いその髪をかきわけ、走り、座り、大きく微笑みながら、歌う。むき出しになった白い肩、そして腕。水の中を泳ぎゆく魚のように、彼女はその長い腕をくねらせ、宙に遊ぶ。なによりも魔法なのは、手だ。マリーザの魔法の手。歌いながら、彼女のその白い大きな手は、別の生き物のように動く。リズムをとり、人々を挑発し、ミュージシャンに指示をし、彼女の心模様を描き出す。僕はその美しさに魂を奪われる。マリーザ・モンチ。なんと美しく、そしてほれぼれする女《ひと》なのだろう。彼女は、おだやかなボサノヴァの女王なのではなくて、ラテンの荒地を駆け抜ける野生の馬のようだ。その肌に、つややかな汗をかき、目の中には炎が宿っているのだろう。唐突だが、若き日のアマリア・ロドリゲスのことを想像する。おそらく全盛期、彼女の目はギラギラ光っていたろう。動きはまったく獣であったにちがいない。
マリーザ、マリーザ、マリーザ。あなたは歌の女王、さまよえる歌の女神。これから、何度もあなたの舞台、その微笑とよろこびに満ちた姿態を僕はこれから追いかけることになるだろう。スペインで、南米で……。そう、世界の果てで、その舞台を見たいのだ。甘い酒やにがい酒を飲みながら、あなたという素晴らしい生き物を、僕は追い続けるだろう。
歌い終わり、あなたは、大地に感謝するようにしゃがみこみ、両手で宙を抱く。魔法だ。そして、あなたは振り返り、ステージの奥へと走り去る。