ブロードウェイ・ラファイエットで地下鉄をFに乗り換えて、ヨークストリートで降りる。イーストリバーをくぐって、ギューちゃんのアトリエへ。
ギューちゃんが、奥さんの乃り子さんとこの倉庫に引っ越してきたのは、もう20年前のこと。
「その頃、このあたりは誰一人住んでなかったし、店もなかったよ」。ギューちゃんは、例によって早口で言った。そうそう、ギューちゃんと言ってもわかんない人もいるだろう。篠原有司男、ウシオだからギューちゃん。ポカリスエットの宣伝で福山雅治と一緒に“ボクシング・ペインティング”してたモヒカンのジイちゃんと言えばわかってくれるはず。ギューちゃんは74才で、20年前からネオダダオルガナイザーズの「前衛の道」。今年の秋、僕のプロデュースでKPOで大阪初(なんと!!)の大個展をやるのである。
2階へあがるといきなりキッチン、その奥がアトリエ、ところせましと工具やら、材料、作品がストックされている。
「ゴトー君こっちに来なよ」。ギューちゃんが、アトリエのドアをいきおいよく開ける。暗闇の中に、ギューちゃんのもう一つのアトリエが広がっている。倉庫の屋上だ。雨ざらしの「バイク」や、パーツが山のようにストックしてある。「宝の山だよなあ」。つくりかけの車輪や女たち。倉庫の上を2人で歩きまわって、下のストリートを眺める。「最近、DAMBO地区って、ヒップなとこになってきたんだよ」。デリやバー、レストランの明かりがギラギラ光ってる。
「さ、中に入ってくつろいでよ。ショーガ焼きと豚汁つくるからさ。食ってってよ」
オー、ありがたい。じゃあ、何かつまみとワインを買いに行こう。乃り子さんが、いいワイン屋があんのよ、それから、生ハムやモッツァレラも売ってるよ。乃り子さんの銀髪はすごく美しい。それを三つ編みにしてて、コートもおしゃれ(パリで買ったのよ)、その頭の上にブルーの帽子。僕も一緒に外へ出る。乃り子さん、年齢不詳。微笑、おしゃべり、身のこなし、すべてチャーミング。チリワインをテイスティングしていい気分。でも買ったのはニュージーランドの赤ワイン。
戻って、3人でワインをどんどん飲む(ギューちゃんは、禁酒令で一応、ちょっぴり)。調子が出てきて、むかしの「ノンフィクション劇場(だっけ)」のギューちゃんたちの姿(オノヨーコも出てる)や、パリのウィリアム・クラインの写真集や、平田満の内科画廊での写真展パンフとか見る。
乃り子さんは、乃り子さんで、エッチング作品をつくっていて、ギューちゃんが、ショーガ焼きをつくってくれてる間に、アトリエで見せてもらう。ギューちゃんが、TVの仕事でインカへ行った時に、ギューちゃんは「インカのパレードを見守る太陽に毛虫がしがみついている」という絵を描いた。その時、いっしょに乃り子さんも旅をした。そして描いたのが、古代の大地から人間がよみがえってきて、キスをしたり愛し合ったりしている絵だ。絵と詩が素敵な帖面にしたてあげられている。エッチングはモノクロームで、だけど、ぷんぷんとメキシコのエロティックなエネルギーがあふれていて、ムンムンする。愛の速度がある。人と人が接近する。キスもセックスもイメージの速度がある。それから、女の人の肩、腕、足腰のなんてむっちりしてること。レズっ気があるんじゃないの?と言ったら、あなたもホモっ気あるでしょと言われた。
いやあ、なんてカップルなんだろ。ギューちゃんは、ギューちゃんでスゴイのに、奥さんまで、こんなにスゴかったんだ。それだけじゃない。奥の部屋からはヒップホップがきこえてきて、息子の空海君がいる(でも、彼はこの日はお酒を飲み過ぎていて、ナーヴァス気味。でもワイルド・スタイルの彼が描いたブックにサインしてもらう。内容はワカンないけど、首がちょんぎられたりした女が目をむいている)。
3人ともがアーティストで、3人ともが超過剰なエネルギーを惜しげもなく全開している。リビングに3人ですわって、ワインを飲み、隠してあったブランデーも飲み、おしゃべりしまくり、つまみを平らげて(ネコのコネズミがものほしげに寄ってくるけど、ダメとギューちゃんも乃り子さんも一喝)、気分がとってもよくって止まらなくなって、近所へ飲みに行こうということになる。
「おおっ、お許しが出た。こんなことなんて、10年に1回ぐらいだよ。行こうぜ」とギューちゃん。近くの「ウォーターなんとか」っていうバーへ行って、僕とギューちゃんは「うまい」ブルックリン・ビア、乃り子さんは、ボンベイサファイアのカクテルを飲んだ。ああ、なんていい気分なんだろ。とっても体から笑えてくる夜。あんまり楽しすぎて、楽しいという想い出だけがカラダの中にのこっていて、あとは忘れてしまった。それが今でも心地いい。
「カーサービスたのんで帰んなよ。安いし心配ないからさ」と乃り子さん。
乃り子さんが、ちょっと酔っぱらって、ギューちゃんと僕と3人で腕をくんで歩いた。この街って、ちっとも危ないとこじゃないのよね、と乃り子さんが言った。
楽しまなくっちゃ。そう、そのエネルギーがなによりも大切なんだ!!